月面着陸

シミズフウマpre. 

春夏秋冬 Vol..15 冬編「月面着陸」

スロウハイツと太陽 ワンマンライブ

2021.01.10(月祝) @アポロベイス

 

いちばん最初に入ってきた瀧田さんの面持ち、どこか緊張感あって、でもいっぱいのフロア見渡して、感慨深そうに首捻って、頷いて、とってもいい表情になった。楓記さんの一礼。フウマさんはにこにこしながらご登場。そういうのに無性に安心する。よかったって思った。大切な大切なスロウハイツと太陽ってバンドの特別な、ワンマンライブ。


別に泣きにきたわけじゃないから、感傷的になりにきたわけじゃないから、なんだってこい!って気持ちもあった。でも、きっと泣いてしまうのは仕方ないだろうなって。何を感じるかなんて、なんでもよかった。ただ、ありのままをできるだけ真っ直ぐ見届けるだけだから、それがわたしにできる唯一にして最大の愛情だからって、思ってた。


メンバーがステージに揃って、あれ?いつもと若干配置違う、って気づいたときにはもう遅い、上手寄りのドラム位置。いつもはフウマさん越しに瀧田さんがちゃんと見えるのに、今日はフウマさんの唄う位置とぴったり重なってる。動揺した。まあいっかって瞬時には切り替えらるにはちょっと、重かったみたいです。


できるだけたくさん見届けたかったカッコいい姿を最大限で目に焼きつけられなかったの、すごくストレスだったけど、本人たちがやりやすいようにできたならいいって思ってるのも嘘じゃないし、当然それが何より大切だと分かってはいるけど、自分勝手な欲望から抜け出すのに時間かかっちゃった。それはちょっとした心残り。


予想の出来ない最初の曲は、サイハテでもなければ、光の中ででもなかった。東京ノスタルジア。そこから繋いで、なになになにがくるの?!ってどきどきのドラムカッコよすぎたでしょ、からの遠吠えだ!って気づいて前のめりになった瞬間。この繋ぎ、ジャキジャキジャカジャカ弾いてる楓記さんのギターの音色が一際カッコよかったなあ。スロウハイツがお休みしたら、楓記さんのギターは一体いつどこで聴けばいいんだろう。


「あなたが今日誰を見にきたのかはわからないけど」ってお決まりのフレーズを、明快な冗談にして笑いを誘うフウマさん。スロウハイツと太陽以外にいると思いますか?誰もがわかる、質問の答え。今日が何の日かってお話。


子路線図のギターのメロディー大好きだなあって噛み締めたり、春よその足をとめてくれでフウマさんが得意気に言った「ギター山田楓記」に頬を緩ませたり、ライブ中はもっと、ピンポイントにあれ!ここ!指づかいカッコいい!とか、そういうの思うのに、全部を覚えておけないのはほんとうにもどかしい。いままでなら、また今度のライブで答え合わせしようってことを少なからず考えてしまうけど、今回はもう、本当に随分先のことだろうなあ。だから余計に悔しいのに。でも、カッコいいと思った瞬間が確かにある。たくさん。どこかは明確に言えなくても、それだけ残っていれば、いいか。


雨と群青への繋ぎもわくわくしたなあ。前半、ドラム、おや?って思ったポイントがあった気がしたけど、まあフウマさんしか見えてなかったから、知りません。


遠吠えからこの辺まで、まるでびっくり玉手箱だった。何の曲?それ、何の曲に繋ごうとしてるの?何?何?ってことの連投。わくわくがたくさん。ああ瀧田さんが見えないなあ、って思いに取り憑かれながら、今日この日への気合の入りようだけはちゃんと痛いほど伝わってくる。最後だなんて、嘘みたいな気がした。あなたたちのそういうハングリー精神、とても凄いと思ってる。


「はやいもので、次で最後の曲…ではないんだけども」っていう挟んだ冗談がフウマさんらしくて、楽しいなあ。


「この照明は俺たちだけを照らしてるんじゃなくて」ってフウマさんが紡ぎはじめたとき、なにもかも全部、希望になった。もう大丈夫だって思った。その想いに続く曲を、知っている。「この照明は、あなたのことも照らしていて、そんな光の中で、一緒に生きていこうって言う想いです」


この曲の“光”が、明確に、ステージとフロアを照らすこの眩い照明を指していること、知ってる。煮え切らない思いを抱えた渋谷WWWのときから、わたしは、知ってる。フウマさんがこの曲を唄うって選んだことがとても嬉しいって思った。この、覚悟の曲をこんなに大切なところに据えてくれる、アレンジまで加えて新しく生まれ変わらせている、フウマさんの意図を想うと嬉しくて嬉しくて泣き叫びたくて堪らなくなった。新生、光の中で。本当に本当に、大丈夫なんだって。瀧田さんが見えない呪縛から、ようやくようやく切り替えられた瞬間。


フウマさんが言葉にしてた。「いまのスロウハイツと太陽を第何章って言ったらいいのかはわからないけど、一旦の区切り」って。いつか、おかえりって言う日が訪れたときに、思う予感がする。スロウハイツと太陽の、新章のはじまりは、実はここだったんじゃないかって。そんな気さえしちゃう、後半戦のはじまり。むしろ、新章の幕開けを告げた、光の中で。いつかのおかえりに、この曲がきっと繋いでくれる。そう思えた。


「俺には音楽があってさ、そのなかでは、嘘がつけんのよ」って言う人が唄う歌、全部全部、ありのままを真っ直ぐ受け取れた気がした。


これはいつもの妄想なんですけど、21g終わって、瀧田さんの(とめる?)って確認に、頷いて小休止求めたフウマさん本人が「みんなまだいける?」ってフロアに投げかけるの、ちょっと笑っちゃった。え、だって、こっちはいけるよ?って。フウマさん自身もその言葉にしっくりきてなくてふわふわ笑っちゃってた気がする。ああ本当に、なんていいバンドなんだ。あなたたちのその関係性さえ何もかもが愛おしい。ステージで起こるその場その場の愛おしい瞬間からの、アカトキ。クールに、ハンドサイン添えた低い声の「ワンツー」はとてもクセになる。


やりたい曲を書き出していったら22曲をもあって、さすがに削りました、って言うフウマさん。こういうときに思うことはいつも同じです。削らず詰め込んだってよかったですよ。但し尺とか体力とかは私の考えの及ばないところです。強欲、悪しからず。


それぞれのなかに聴きたい曲っていうのが存在してるのはとても嬉しいことだ、って、フウマさんが言ってた。どんなに好きな曲があってもライブでこれ聴きたい!やってほしい!ってわたしが思うこと、個人的にはあまりなくて、あなたたちがいろんなことを考えて想って選んでくれたセトリ全部が愛おしいよって思ってたけど、でも、この日のラストシーンと再生の唄は、本当はずっと聴きたくて聴きたくて仕方なかったのかもしれない。


「このバンドが」「あなたのことを救うから」


イヤホンのなかの音楽は、もちろん死なない。この先も何度だって救い続ける。何千何万回でも繰り返し聴きたいときに出逢ったころのまま、残っている。でも、でもバンドは、私にとってバンドは、ライブハウスでしか出逢えないものだから、そのときその瞬間がたったひとつで、なにひとつ同じじゃないから、はじめて耳にした変えられた歌詞が一層特別に思えた。吹っ切れたように唄ってるフウマさんの纏う空気が、明るかったなあ。


不意に見える瀧田さんが笑顔だったりとか、フウマさんの言葉に耳を傾ける楓記さんが頷きながら柔らかく微笑んでいたりとか、そういう、ひとつひとつが、漠然とした不安を遠ざけていって、そう遠くはない確かな未来に、おかえりって言える日が訪れるんじゃないかって気がした。ちゃんとそうやって待っていていいんじゃないかって思った。


2013、楓記さん瀧田さんのコーラス。耳慣れない声たちがアポロベイスを満たしているの新鮮だった。フウマさんがステージの声をふたりだけに任せている時間、最高に浮ついた。いつか、一緒に歌える日がくるといいなとも思った。こういう、新鮮な箇所が、他にも随所にあった。それがワンマンであること、今日この日であること、はち切れんばかりの意気込みに、このバンドは本当にずるくて強くて優しいなって、そういうとこだぞ、って思った。心の奥の奥の核の部分を掴んで離さない理由のひとつ。気合。


「俺のやりたい音楽は、変わらず、このメンバーとやる音楽なので」って言ってたから、おかげでアンコールの空蟬、さよならが全然悲しくなかった。言いたいことを、伝えたいことを書き殴った曲ですってはじまった、最期の唄。


夢だったんだ

夢だったんだ

君のこともいつか忘れてしまう

線路沿い1K


確かにここにあった

青色の日々よ


嘘じゃないけど

嘘にしてしまった

ごめんね

 

最期は笑って


こんな、箇条書き。大切に大切に、残しておく。謝られることなんて、何もない。あなたたちが過去も今も未来も全部大切に抱えて、そして選んだことなら、わたしはただそのままを受け取るだけだ。それで、充分だ。それ以外は望めない。

いってらっしゃいって見送る気持ちは、おかえりなさいって迎えるための言葉だからね。また、いつかね。

 

01.東京ノスタルジア
02.遠吠え
03.autumn
04.迷子路線図
05.春よその足をとめてくれ
06.雨と群青
07.本当につらくなってしまったあなたへ
08.それだけのこと
09.O2.
10.光の中で
11.21g
12.アカトキ
13.ラストシーン
14.再生の唄
15.2013
16.夜明け

en1.空蟬
en2.最後の唄